![](https://cdn.shopify.com/s/files/1/0581/0808/4393/t/3/assets/legateaudesnantaislogoaltblack-1644190326165_190x.png?v=1644190328)
ある日地球上のある場所で、ふたりの男は出会い、友となりました。ふたりの職業はシェフ。食と旅をこよなく愛し、そして共にフランス西部の港町ナント出身でした。このふたりには、思い出の懐かしい味がありました。歴史と数々の伝説に彩られたそのお菓子には、旅へ衝動を掻き立てる不思議な力がありました。口に入れた瞬間に広がるその甘美な味わいに、琥珀色の芳醇なラム酒がほんのり香り、疲れきった体を癒す・・・その魔法を知る人にとって、旅には欠かせない味だったのです。
![Tour LU](https://cdn.shopify.com/s/files/1/0581/0808/4393/t/3/assets/tourluarticleweb-1645608550835_297x.jpg?v=1645608552)
物語の舞台は時代をさかのぼって19世紀初頭の港町ナント。大西洋に面するこの街には多くの運河が巡り、大小の河川が街の中央をゆったりと流れています。15世紀には、ナントはフランスで最も広大で豊かな領土として栄えていたブルターニュの中心地でした。当時のブルターニュ公爵の城が堂々と構えるその風景は、“フランス西部のヴェネツィア”とも呼ばれていました。
アフリカ三角貿易が盛んだった後も、ナントには交易によって富が集まり、西インド諸島からもたらされたスパイスやアルコールなど、エキゾチックな異国の香りを運ぶ品々で溢れていました。建築や歴史など文化面でも繁栄がもたらされ、ロワール川沿いの港は最も活気に満ち、街の中心でもありました。
まるでクラシックバレエの旋律にあわせるように、海上では三本マストのべレム艦が優雅に帆をなびかせ、その周りには大小様々な形の船が次々と大西洋の港から港へ。陸では水夫達が絶え間なくリズミカルに行き交います。
港に降り立つと、フォッス埠頭にあるパブから漁師達が暮らすトラントゥムー街へ。シャントネ(のちに『80日間世界一周』の著者ジュール・ヴェルヌが暮らした街)を抜け、タレンサック市場、ブッフェ歴史地区、さらに人々で賑わうサン・クレモンへ・・・こうしてナントの歴史は紡がれてきました。
![](https://cdn.shopify.com/s/files/1/0581/0808/4393/t/3/assets/clementponpon-1645610380755_297x.jpg?v=1645610382)
時は変わって1820年。ナント南部出身のルローは、上質な小麦粉を使った伝統パン菓子フアスの職人。彼はこの繁華街サン・クレモンに自分の店を構えました。
ルローは当時、水夫達が数ヶ月にも及ぶ航海に出る際、長期保存できるよう二度焼きしたビスケットを船に持込み、グロッグ*(ラム酒を水や湯で割りレモン果汁や甘みを加えたもの)に浸して食べていることに着目しました。
そこから彼は、バターとアーモンドプードルをふんだんに使うことでしっとり焼き上げた長期保存が可能なビスケットを考えつきました。ビスケットにはラム酒のシロップを丁寧にしみ込ませ、仕上げに粉砂糖のアイシング。その美味しさと健康への配慮が、水夫達の心を掴んだのです。
![](https://cdn.shopify.com/s/files/1/0581/0808/4393/t/3/assets/fouasserierouleauweb-1645610879165_297x.jpg?v=1645610880)
![](https://cdn.shopify.com/s/files/1/0581/0808/4393/t/3/assets/bebe-clementweb-1644791995919_150x.jpg?v=1644792000)
![](https://cdn.shopify.com/s/files/1/0581/0808/4393/t/3/assets/bebe-clementbookletbottomweb-1644791995916_297x.jpg?v=1644791997)
ルローのこのビスケットは瞬く間に大成功を収め、多くの人々に愛されました。
その後ルローがこの世を去り、時が流れ生活様式が変化すると、人々のニーズも変わり、“ガトー・ナンテ”(ナントのケーキ)と呼ばれていたこのお菓子は、人々から忘れ去られ、過去のものとなってしまいます。
しかし1910年、ナントで創業後フランスの国民的ビスケット会社となっていたLU社によって、再びその味が蘇ることになりました。以後、二度の世界大戦も乗り越え、60年以上にわたりガトー・ナンテは販売され続けたのです。
更に時を経てその後の物語は、既にご存知の通り。
誕生から200年、私達ほどこのガトー・ナンテのことを話題にする者はいないでしょう。東京で出会ったふたりの男―そう、私達にとって、このお菓子の存在は共に歩んできた大切な仲間のようです。
プライベートでも仕事の場面でも、そして私達「ラ・フレンチ・タッチ」が手掛ける場では必ずこのお菓子を提供し、多くの人を魅了してきました。しかしそれは伝統的な“ガトー・ナンテ”(ナントのケーキ)に、ナント出身の私達ふたりによるオリジナリティを加えた贅沢な “ル・ガトー・デ・ナンテ”(ナント人のケーキ)というスタイルで!
私達のル・ガトー・デ・ナンテは、伝統的な製法にこだわったレシピにアレンジを加え、ひとつ一つ丁寧に焼き上げます。メインの原料は卵・バター・小麦粉・砂糖そしてアーモンドプードル。上質でこだわりのある素材を選びました。
![](https://cdn.shopify.com/s/files/1/0581/0808/4393/t/3/assets/illustration_booklettest-1645612398748_150x.png?v=1645612412)
バターは、ナントの街も含まれるフランス・ブルターニュ地方で伝統的製法にこだわって作られた発酵バター『ボルディエ』。契約農家によりミネラル豊富な牧草を食べて育てられた乳牛の新鮮なミルクを用いて作られています。フランスをはじめ世界の一流レストランでも使用されている風味豊かなこの発酵バターを、私達のガトーにたっぷり使っています。
卵は、山梨県甲斐市、標高1100mの山懐に位置する『黒富士農場』でのびのび平飼い放牧された鶏の卵です。山梨百名山の山々に囲まれた自然豊かな環境で、天然湧水を飲んでこだわりの飼料で育った元気いっぱいの鶏達がもたらす卵は安心・安全です。
そしてル・ガトー・デ・ナンテを語るに欠 かせない仕上げのラム酒には、カリブ 海のフランス領マルティニーク島で造 られる『ディロンV.S.O.P.』をチョイス。フ ランス政府のAOC原産地統制呼称に よりV.S.O.P. の符号を付され、最高級 ラム酒といわれています。オーク樽のエ レガントかつ深みのある風味により世 界のファンを魅了するラム酒が、ほんの り芳醇な香りでガトーを仕上げます。
そしてこの私達のル・ガ トー・デ・ナンテは、可愛 らしいオリジナルイラス トのキャラクターが世界観を発信していきます。
コラボレーションに協力頂 いたのは、愛知県豊橋市出身の 画家アーティスト近藤貴洋氏。フランス 滞在経験がある彼の、日本人の感覚に フランス的エスプリが溢れる軽やかな タッチの作品によって、ル・ガトー・デ・ ナンテの世界観は愛嬌たっぷりに再現されました。
![](https://cdn.shopify.com/s/files/1/0581/0808/4393/t/3/assets/bouchonrhum-1645612398734_125x.png?v=1645612403)
![](https://cdn.shopify.com/s/files/1/0581/0808/4393/t/3/assets/rhumweb-1645611949629_297x.jpg?v=1645611951)
ガトーを愛するナントの水 夫《クレモン》と愛犬《ポンポン》のコン ビが誕生、楽しいバーチャルなナントの 旅へと皆さまをご案内します。
現在、私達自身の店舗をオープンする という夢の実現へは、まだほんの一歩 でしかありません。新潟はナントの姉妹 都市です。
私達が心を込めて作るル・ガ トー・デ・ナンテ初の店舗を将来、新潟でオープンすることができたらどん なに嬉しいことでしょう!私達が作るル・ガトー・デ・ナン テが、今も昔も変わらない旅人達へ、癒しと悦びをお届けできる ことを心から願っています。
セバスチャン・マルタン
フランソワ・オードラン
![](https://cdn.shopify.com/s/files/1/0581/0808/4393/t/3/assets/chefskondoweb-1637725094645_225x.jpg?v=1637725096)
*グロッグ 18世紀中頃から、アルコール度数40°のラム酒はフランスの商船海軍によってグロッグの製造 に使用されていました。グロッグには2つの利点があり、まずグロッグに入れる柑橘類が保存 に使用されていた木樽からの水の臭みを和らげたこと。
そしてラム酒に含まれるアルコール分 は、当時水夫達を苦しませていた壊血病の予防にも役立ちました。